国際フォーラム「日中交流の歴史と未来」

2023年7月5日に学習院女子大学で開催された国際フォーラムの記録をまとめたものです。国際研究所では、日本から前駐中国大使の横井裕氏、中国から清華大学教授の王中忱氏、東華大学准教授の李嘉冬氏を迎え、日中交流の歴史と未来をテーマに、国際フォーラムを開催しました。

講演者

横井裕 先生

前駐中国大使。2016年から2020年11月まで駐中華人民共和国特命全権大使を務める。

王中忱 先生

清華大学教授。専門は比較文学比較文化、日中近現代文学及び北東アジア地域文化史。大江健三郎の中国語翻訳を手掛ける。

李嘉冬 先生

東華大学准教授。専門は近代中日文化交流史、日本語語彙学。

学生記者がインタビュー

前駐中国大使 横井裕先生
渡辺記者
今回、横井先生が実際に中国大使としての経験を踏まえたお話をしていただきましたが、このテーマにした理由は何でしょうか。
横井先生
外交官としての仕事を通じて、特に中国や北朝鮮といった日本と立場や考えが大きく異なる国々を相手にしているとまさにこれこそが、外交官の仕事の真骨頂ではないかと思えたからです。
渡辺記者
真骨頂…非常にクールですね。ご講演では相互理解の重要性について、仰っていたように相互理解はまさに国際人にとって不可欠な要素だと思います。一体どのような要素を備えた上で「国際人」を指すとお考えでしょうか。
横井先生
最近、友人と「国際人」について、やりとりをしました。
「国際人といっても決まった定義があるわけではないようだ。大辞林では「広く世界で活躍している著名な人。教養や語学力があって、世界に通用する人」だそうだ。
しかし、これだけではいかにも物足りない。平野龍一氏(東大法学部教授、総長)がもう少し言及している。「語学に堪能で、外国人と調子よく交際する人ではない。自分とは異なったものの考え方、異なった生活感覚も十分に理解する能力を持った人間を指し、特に世界の人々のもつ多様性に目を向けることが期待されている。多様性の認識に基づく、判断をしていかなければならない。異なった考えに対して理解を持つことは自分の考えをあいまいにしてよいということではない。自分と異なる意見に謙虚に耳を傾け、他者との差異を認識したうえで安易な妥協や安逸に走ってはならない。対立した考えの間でどこかに真の解決を求め、決断をしていかなければならない。真の意味においてバランス感覚を行使できるひと」が国際人であると話しました。
渡辺記者
いざという時の判断力や相手に対する敬意、相手が納得できる落とし所を見つけられるか、人間性の部分も兼ね備えている人を指すのですね。では次に、日本と中国の架け橋として最前線でご活躍された横井先生ですが、ずばり外交官の魅力は何でしょうか。
横井先生
外交官になっても、どういう道を歩くかは千差万別です。ただ、共通に言えるのは、多かれ少なかれ、「歴史の1ページ」に立ち会える経験ができるということでしょうか。私は、中国の改革開放政策以降の歩みを最前列でみることができたこととか、ワシントンで1990年代半ばに米朝合意の実施のためのKEDOという組織を立ち上げたことなどが密かなほこりです。また折々に共に仕事をした各国の友人たちと知り合えたのもこの仕事の良いところかもしれません。大変なこともあったのだと思いますが、嫌なことはあまりありませんでした。
渡辺記者
最後に、学生に何か一言いただけますか。
横井先生
人生は楽なことより辛い道を選んだ方が良いと思います。
渡辺記者
非常に励みになるお言葉をありがとうございます。
清華大学教授 王中忱先生
渡辺記者
王先生からは「文化触変と知的生産の創造力ー「改革開放」の中国における日本文化の受容を例にしてー」というテーマでお話いただきました。なぜこのテーマでお話してくださったのでしょうか。
王先生
発表で述べたように、近年、中国と日本との間に、政治外交関係が冷たくなっていますが、中国における日本文化に関する書籍の翻訳・出版のブームは今でも続いています。その「政冷文熱」の原因を明らかにするため、私なりの調査・分析を行いました。初歩的な結論としては、知的な生産の想像力或いは創造力は「文化触変」によって生まれたのではないかと思われます。
渡辺記者
「政冷文熱」という言葉は興味深いですね。次に、これまでの人生で影響を受けた日本文学の作品は何でしょうか。
王先生
これまでの人生で影響を受けた日本文学の作品は夏目漱石の「こころ」と大江健三郎の「個人的な体験」を上げたいです。
渡辺記者
私も高校生の際、「こころ」を読み、日本の近代社会のあり方や個人主義、エゴイズムとは一体何か、明治時代だけでなく現代にも通じるものがあると印象に残っています。次に、発表時に仰っていた、万葉集や源氏物語など古典の翻訳が中国では行われていた中、なぜ当時(1978〜1990年)は「古事記」しか出版できなかったのでしょうか。
王先生
古事記、万葉集や源氏物語など古典の翻訳が1966年前に既に行われ、「古事記」が辛うじて出版できましたが、周知のように1966年に中国では「文化大革命」が起こったため、古典文学も批判の対象となり、出版できませんでした。もちろん、「文革」後、とりわけ「改革開放」後、これらの古典の翻訳はすべて出版されました。
渡辺記者
かなり出版できるものは制限されていたのですね。改革開放後は、いかに日本文学が中国国内において浸透したか分かります。最後に、日本文学を専門とする王先生ご自身は、日本文学のどのような部分を魅力に感じているのでしょうか。
王先生
人間の内面を複雑に表している部分が魅力的だと思いました。
渡辺記者
どちらかというと中国人はストレートに物事を伝えたり、表現する人が多い印象でしたが、日本人が美徳としているものを同じように共有できることを嬉しく思います。
東華大学准教授 李嘉冬先生
渡辺記者
李先生には「中国の若者が日本をどう捉えているのか」というテーマでお話していただきました。このテーマにした理由は何でしょうか。
李先生
一番の理由は、やはり職業柄、中国の若者に接する機会が多く与えられているからです。金野先生より、このたびのフォーラム参加についての打診を受けた際に、政治の話より民間交流、特に中国の若者による日本への見方・考え方を日本の大学生に語り、知っていただきたいと強く仰っていました。実際に、今回のフォーラムを通し、以上の目的を一応達成したかと思うほか、コロナ禍によりしばらく中断を余儀なくされた日中両国の若者同士の交流が近い将来、必ず回復し、これまでよりも活発になっていくのであろうと期待しております。
渡辺記者
中国人学生に日本語を教える李先生の視点ならではですね。コロナ禍では、オンラインでの交流が多く、何となく話せてるものの、いまいち相手の気持ちや考えていることなど汲め取れず…このように直接お目にかかれて嬉しく思います。コロナ禍を経て、より一層、直接的な「交流」の重要性を感じました。最後に、一度社会人経験を経てから大学院に行き、その後日本語学科の准教授としてご活躍される李先生に、日本語教員の魅力を教えていただけますか。
李先生
なんといっても、日本人の生活習慣や文化、それに歴史と社会を学ぶきっかけをつくるという大事な役割を果たせることに尽きると考えております。更には、自分の目にしたり耳にしたりした日本に関する知識や情報を直に学生に伝え、分かち合うことも大きな魅力ではないかと思います。
渡辺記者
貴重なお話をありがとうございます。学生に自分の経験を踏まえて直接伝え、学生と分かち合えることは素敵ですね。

フォーラム参加者に聞いてみた

渡辺記者
今回のフォーラムに参加した学生の二人に感想を聞いてみました。
Aさん
フォーラムを通し、今後の日中関係をより良く築くためには必要なことは2点ある。一つ目に、相手の立場になって考えること。二つ目は文化交流をすること。

「横井先生が仰っていた、相手の立場になってディベートを行うことで対立は解消できるのではないかという提案に共感した。自分がもともと持っている考えを変化させることは簡単ではなく、自分の考えを主張するだけでは議論は停滞したままだ。だが、相手の立場で主張を組み立てると、今まで自分が気づけなかった考え方を理解することができるのではないだろうか。また、相互理解は相手に対する親しみやすさを上昇させるために非常に重要なことだと感じた。二つ目は文化交流をすること。王先生による書物を通した交流、また李先生によるACGを通した交流など、お互いの国を理解するためには、文化をよく知り、そこから相手を知るということが大切だ。なぜなら、文化にはそれぞれの国の価値観や精神が反映されているからだ。これらの文化交流は、依然として活発に行われているものだと先生方が仰っていたため、このような状態が今後も継続すると、相手への理解が深まり日本と中国は「近くて遠い国」から「近くて近い国」になる未来が来るのではないか。」

Bさん
文化的な共通点が出てくると、身近に感じるようになる。よりお互いを知りたいという思いが大切だ。

「日中関係において見えない壁を感じていたが、ホームステイ先で知り合った中国人の友達や日本で働く中国人と出会い、「ヒト」として接する中で良い意味でイメージが変わった。横井先生が仰っていたように、生活様式が似ていたり、「君の名は」など文化的な共通点が出てくると、身近に感じるようになる。よりお互いを知りたいという思いが大切だ」

渡辺記者
「文化的な交流」のソフトな面からお話いただき、比較的馴染みのある文化、またフォーラム参加者の学生は国際文化交流学部に属しているため、興味津々に真剣に聞く学生の姿を目にしました

今回のテーマ「日中交流の歴史と未来」を踏まえて

各々が専門とする日中の政治と文化、社会に深い知見を有する3人の先生のお話には共通する点がありました。

それは、やはり政治に左右されない民間や「ヒト」との交流及び関係構築が何よりも重要だということです。日中の政治や軍事などハードな面は、日常においてよく目や耳にするし、そのようなネガティブな面を見ると、人々の対中あるいは対日感情は世論に反映されやすいです。また、世論に影響する要因の一つとして、政治や経済などのハードな面を人々は左右されやすく、影響を受けやすい傾向にあると考えられます。

横井先生の「好きの反対は嫌いではなく、無関心」という言葉にはっとさせられました。相互理解という一つのゴールがある時、スタートダッシュを切るのは相手に関心を持つことであり、関心を持たなければ走り出すこともできません。コロナウィルスが終息してきたからこそ、文化交流を促進させるイベントに足を運んでみたり、身近に感じられる映画や本などの娯楽を楽しむことも相手の国を理解する一つの手段です。そうした相手を理解しようと興味を持って知ろうとする姿勢が重要だと改めて再確認しました。

フォーラムの魅力
渡辺記者
普段会えないような特別講師と出会える!
これまで知らなかった発見や新たな価値観を得られる!

90分間の有意義な議論がなされ、正直なところ御三方からもっとお話を聞きたいと思うほど瞬く間に終わってしまいました。フォーラムに足を運んでみると授業の延長線上として、得られるものが非常に多いと思います。

第一に、普段会えないような特別講師と出会える機会です。今回は、遥々中国から来日してくださった王先生や李先生、ご多忙の中お越しくださった横井先生は、普段なかなかお会いすることはできません。日中の政治・社会・文化に深い知見をもつ先生方によるお話は大変貴重でありますし、先生方に質問できる機会もなかなかありません。コロナが終息し、徐々に対面の活動ができるようになった今、自分の視覚や聴覚を使って、フォーラムに行くことに意味があると思われます。普段お会いできない方と出会えることはフォーラム最大の魅力ではないでしょうか。

第二に、日頃の授業とフォーラムの繋がり、これまで知らなかった発見や新たな価値観を得られる点です。授業を受けてみて、よくわからなかった部分がフォーラムを通して理解が深まることもありますし、新たに知識を得られることもフォーラムの醍醐味です。私自身、フォーラムやシンポジウムに参加してみると、新たな気づきや知見を深めることができると大いに感じていましたが、インプットはできても吸収したものを他の場所で活かせないか、もっと誰かと共有できないか、少しモヤモヤしていた部分がどこかありました。そのため、学生レポーターとして特別講師の先生方と貴重な意見交換をできたこと、形として記事にできたこと、非常に嬉しかったです。読者の皆さんに、少しでも関心を持っていただけたら学生レポーターとして冥利に尽きます。

金野先生に聞いてみた!今回のフォーラムの意義と目的
金野先生
日中関係では政治や軍事などハードな側面を注目されることが多い昨今、文化的交流や人や人との関係に注目して、横井先生、王先生、李先生のそれぞれの立場から文化交流の未来について、お話してもらえればと考えました。皆さん、結婚のようなパーソナルな関係が深い外国はどこか知っていますか?アメリカ人、フランス人、いいえ違います。実は中国人や韓国人が、日本人の国際結婚の相手として常に上位を占めています。政治的な軋轢と民間交流が進展が伴う今、学生には文化・人的交流の側面から日中関係の歴史と未来について学んでほしいと思ったのが、本フォーラムを開催した理由です。
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