国際コミュニケーション演習II L/IVL特別授業
2022年12月21日@学習院女子大学
(担当:国際コミュニケーション学科教授 澤田知香子)
2013年の芥川賞(「爪と目」)をはじめ、第103回文學界新人賞、第2回フラウ文芸大賞などを受賞し、2017年にはアイオワ大学のインターナショナル・ライティング・プログラムに参加、現在は京都精華大学や同志社女子大学で非常勤講師も務める藤野可織さんの特別授業を行いました。特別授業には英文学を学ぶ受講者以外に、英語コミュニケーション学科のサイモン・クレイ先生のもとで翻訳を学ぶ学生たちなどの参加希望者が加わりました。藤野さんは、2022年5月28日に本学やわらぎホールで開催されたシンポジウムにもパネリストとして参加、女性の学びの場において大切だと思うこととしてジェンダーをめぐる問題を中心にお話しされ、多くの参加者に強い印象を残されました。特別授業においては、翻訳を学ぶ学生たちに、「女性らしい」言葉遣いに対する意識(ドラマ・映画字幕など)の変化などを踏まえた助言をいただく場面もありました。また、「共通の認識であるのに文章化されてない」ことが多いという点で、女性としての経験をひとつの大切な資料として記録に残した方がいいと述べられる一方、わたしたちの多様な属性というものをもっと広い視点で捉え、さまざまな大事なことを語ってくださいました。
「たったひとりの人の物語だけど、同時にまったく別のいろんな人の物語でもある」
藤野さんの最新作『青木きららのちょっとした冒険』(講談社)は「青木きらら」という同じ名前の人が登場する9つの物語を収めた短編集です。そんな物語発想のきっかけは、随分前に読んだイギリスの小説『オーランドー』にあったそうです。イギリス文学史に名を残す数少ない女性の作家ヴァージニア・ウルフが書いたのは、36歳で男性から女性へと変身し、16世紀から20世紀まで老いることなく時代を超えて生きていく、という主人公の虚構の伝記です。たくさんの自己(“self”)を持つオーランドーの長い人生の物語は、現代の日本の作家の手にかかって大変身を遂げ、まったく新しい物語になっていて驚きます。
「性的な消費に加担しない」
「普通の」人を書くことが多いという藤野さんですが、『ピエタとトランジ』(講談社)の主人公二人は「理想のスーパーヒーロー」だそうです。最初は短編として書かれた物語でピエタとトランジという変わったあだ名を持つ女子高生として登場する二人が、長編として一冊になった「完全版」で、大人になり、おばあさんになります。女性の価値が過剰に若さと結びつき、性的に消費されがちな社会において、ピエタとトランジを「女子高生のままで終わらせるのはありえない」というお考えがあったとのことです。
探偵ものに見られる「殺人起こりすぎ問題」を解決しつつ「身近で誰もが加害者になる」ようにうまい設定が設けられた『ピエタとトランジ』は−コロナ前に刊行された作品ですが−今日的な終末のシナリオとしても独自の発想が光る、おすすめのエンタメ小説です。
「ポリティカル・コレクトネスというものをわかっていた方がいい」
「気がついていない差別がある」
バイオレンスや殺人について書くのと比べ、性犯罪に関することを書くのには気を遣うという藤野さん。人を殴ってはいけない、殺してはいけない、ということが当たり前に共有される認識である一方、性犯罪に関しては、被害者の責任を問うようなケースがあるなど、「性犯罪の部分でわたしたちはまだ未熟」だからと語ります。こうしたことと関連することですが、「ポリティカル・コレクトネスはわかっていた方がいい」というお話もありました。それは「とある表現をすることによって、自分たちに見えていない属性の人を切り落とすことになる」ということを知ることです。「作品の態度として」いろいろな属性の人を取りこぼさない、嘲笑しないということを大切にしているという藤野さんですが、それでも、まだ「気がついていない差別がある」だろうという恐れにも言及されました。
最後に、学生の皆さんへのメッセージをお願いしました。
「なかなか出会えなくても・・・大切なものになってくれるような本が絶対ある。
本と仲よくすると生きていきやすいんじゃないかなと思います。」